大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成6年(あ)1060号 判決 1995年12月15日

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

検察官の上告趣意は、判例違反をいうものである。

職権をもって調査すると、原判決には判決に影響を及ぼすべき法令の違反があり、破棄を免れない。その理由は以下のとおりである。

一  記録によれば、次の事実が明らかである。

1  原審は、被告人に対する恐喝被告事件につき、平成六年九月一日、被告人の量刑不当の控訴理由を認めて第一審判決を破棄した上、被告人を懲役六月に処し、三年間刑の執行を猶予する旨の判決を言い渡した。

2  しかしながら、被告人は、これに先立つ平成三年九月一二日和歌山地方裁判所田辺支部において暴力行為等処罰に関する法律違反等の罪により懲役八月に処せられ、同判決は平成四年二月一五日確定し、同年一一月五日右刑の執行を受け終わったものである。したがって、原審は、右刑の執行終了からいまだ五年を経過しない時点において更に刑の執行を猶予する判決を言い渡したこととなる。

3  本件恐喝罪は、右和歌山地方裁判所田辺支部の有罪判決に対する控訴中の平成三年一〇月六日から同月八日にかけての犯行であるから、確定裁判のあった暴力行為等処罰に関する法律違反等の罪とは平成七年法律第九一号による改正前の刑法四五条後段の併合罪の関係に立ついわゆる余罪に当たる。

二  このような余罪については、確定裁判が懲役又は禁錮の刑の執行を猶予する判決の場合には、同法二五条一項を適用して更に執行猶予を言い渡すことができるが(最高裁昭和三〇年(あ)第九六一号同三二年二月六日大法廷判決・刑集一一巻二号五〇三頁参照)、本件のように確定裁判が実刑判決の場合には、執行猶予を言い渡すことができないと解すべきである。

そうすると、原判決が、被告人を懲役六月に処した上、同法二五条一項を適用して三年間右刑の執行を猶予したのは、同条項の解釈適用を誤ったものであって、原判決には判決に影響を及ぼすべき法令の違反があり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。

よって、刑訴法四一一条一号により原判決を破棄し、同法四一三条本文に従い、本件を大阪高等裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

検察官平本喜祿 公判出席

(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男 裁判官 尾崎行信)

上告趣意書

原判決は、本件が刑の執行を猶予することができない場合であるのに執行猶予を付した点において、刑法二五条一項の解釈適用についての最高裁判所ないしは高等裁判所の判例と相反する判断をしたものであり、その違反は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れないものと思料する。

一 本件記録によれば、被告人は、平成三年一〇月六日及び八日に犯した恐喝の罪により、同四年一〇月二二日起訴され、第一審の和歌山地方裁判所新宮支部は、同六年三月一五日「被告人を懲役六月に処する。」との判決を言い渡し、これに対し同月一五日弁護人が控訴を申し立て、原審裁判所は審理を遂げ、同年九月一日「原判決を破棄する。被告人を懲役六月に処する。この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。」との判決を言い渡した(添付記録一丁及び二丁、記録第一分冊四一丁ないし四七丁、一三〇丁ないし一三六丁)。

他方、被告人は、平成三年九月一二日、和歌山地方裁判所田辺支部において、暴力行為等処罰に関する法律違反、監禁、暴行の罪により懲役八月の刑を言い渡され、同四年一月三一日被告人の控訴が棄却され、同年二月一五日右判決が確定し、同年一一月五日に右刑の執行を受け終わったが、本件は、右第一審判決後被告人控訴中に犯された事案であり、確定判決のあった右の罪とは刑法四五条後段の併合罪の関係にあることが認められるところ(記録第三分冊七〇の一八四丁ないし一九五丁、七〇の四一五丁及び四一六丁)、原判決は、右刑の執行が終了した同四年一一月五日から同法二五条一項二号の規定する五年を経過しない同六年九月一日、刑の執行を猶予する判決を言い渡したことが明らかである。

二 原判決は、本件が前記確定判決のあった暴力行為等処罰に関する法律違反等の罪と刑法四五条後段の併合罪であるとした上、同法二五条一項を適用し刑の執行を猶予しているところ、本件のような場合、執行猶予を付することができないとするのが、最高裁判所の判例であるばかりでなく、累次の高等裁判所判決により判例上確立されているところであるから、原判決は、これらの判例と相反する判断をしたことが明らかである。

1 最高裁判所判例の違反

刑の執行猶予の要件を定めた刑法二五条一項一号及び同号と同一の要件を定めた昭和二八年法律第一九五号による改正前の刑法二五条一号の「前ニ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコトナキ者」に関する最高裁判所判例

(一) 「この点に関する原判示「刑法第二十五条第一号にいわゆる前に禁錮以上の刑に処せられたことなき者とは、現に審判すべき犯罪につき、刑の言渡をする際にその以前に他の罪につき確定判決により禁錮以上の刑に処せられたことのない者を指すのであって、既に刑に処せられた罪が現に審判すべき犯罪の前に犯されたと後に犯されたとを問わない、」旨の判断は正当であ(る。)」(最高裁判所昭和三一年四月一三日第二小法廷判決、刑集一〇巻四号五六七頁)

(二) 「併合罪である数罪が前後して起訴されて裁判されるために、前の判決では刑の執行猶予が言渡されていて而して後の裁判において同じく犯人に刑の執行を猶予すべき情状があるにもかかわらず、後の判決では法律上絶対に刑の執行猶予を付することができないという解釈に従うものとすれば、この二つの罪が同時に審判されていたならば一括して執行猶予が言渡されたであろう場合に比し著しく均衡を失し結局執行猶予の制度の本旨に副わないことになるものと言わなければならない。それ故かかる不合理な結果を生ずる場合に限り刑法二五条一号の「刑ニ処セラレタル」とは実刑を言渡された場合を指すものと解するを相当とする。」(最高裁判所昭和二八年六月一〇日大法廷判決、刑集七巻六号一四〇四頁)

(三) 「職権を以て調査するに原判決は「刑法二五条の法意は本件のように禁錮以上の刑に処する判決を受けた罪の以前に犯していた別罪によって更に罰金以上の判決を言渡される場合をも包含するものであることは明白であり、本件は同条第一号にいうところの前に禁錮以上の刑に処せられたことなき者に該当するという所論は採用できない、従って原審が本件について懲役刑の執行を猶予しなかったのは正当である」と判示して弁護人の控訴趣意としての主張を排斥しているのである。しかしながら本件のように併合罪の関係に立つ数罪が前後して起訴され、後に犯した罪につき刑の執行猶予が言渡されていた場合に、前に犯した罪が同時に審判されていたならば一括して執行猶予が言渡されたであろうときは前に犯した罪につきさらに執行猶予を言渡すことができるとするのが相当であるからかかる場合に限り刑法二五条一号の「刑ニ処セラレタル」とは実刑を言渡された場合を指すものと解するを相当とする(昭和二五年(あ)第一五九六号同二八年六月一日大法廷判決参照)。」(最高裁判所昭和二九年一一月五日第二小法廷判決、刑集八巻一一号一七二八頁)

(四) 「或る罪につき同法二五条一項により執行を猶予された者がその裁判の確定前に犯した他の罪(即ち余罪、刑法四五条後段)と、右執行猶予の裁判の確定した罪とを比較すると、右余罪たる他の罪が、それより以前に確定した他の裁判により言い渡された執行猶予の期間内に犯されたものでない限りは、両者の刑の執行猶予の条件については、これを別異にすべき合理的な理由はない。即ち、後者(裁判の確定した罪)につき執行猶予の言渡が刑法二五条一項によりなされたものであれば、前者(前記の余罪)についても、ひとしく同条項により、その執行猶予の条件が勘案せらるべきであり、そして、この場合には、同条項の「刑ニ処セラレタル」とは、実刑を言い渡された場合を指し、執行猶予の付せられた場合を包含しないものと解すべきことは、所論刑法改正の前後によって差異を生ずるものではない。」(最高裁判所昭和三二年二月六日大法廷判決、刑集一一巻二号五〇三頁)

前記(一)の最高裁判所判例は、現に審判すべき犯罪について、刑の執行猶予を付した判決を言い渡すためには、言渡し時を基準として、それ以前に他の罪について確定判決により、実刑のみならず執行猶予が付された場合をも含め、禁錮以上の刑に処せられたことのないことが必要である旨判示し、現に審判すべき犯罪が確定判決を経た罪と刑法上どのような併合罪関係にあるかについて限定していないのである。

前記(二)ないし(四)の最高裁判所判例は、本件のように確定判決を経た罪と刑法四五条後段の併合罪の関係に立ついわゆる余罪の場合には、例外的に確定判決により禁錮以上の刑に処せられていても、刑の執行猶予の言い渡しがなされていれば、執行猶予を付した判決を言い渡すことができる旨判示し、いずれも確定判決が執行猶予を付された事案であったことから、確定判決により実刑を言い渡された場合に執行猶予を付し得ないことを正面から明示していないが、これは、確定判決により禁錮以上の刑に処せられた罪の余罪につき刑の執行猶予を言い渡すことができる場合が、(一)の最高裁判所判例からみて例外的であるため、当然のこととして右の点を明示しなかったものであり、これら(二)ないし(四)の最高裁判所判例が、余罪につき執行猶予の言い渡しをする場合に限り「刑ニ処セラレタル」とは実刑に処せられた場合を指すとして、確定判決で実刑を言い渡された場合には執行猶予を付し得ないことを当然の前提とした上、執行猶予の付された場合を特に除外する表現をしていることからも明らかである。

このように、(一)の最高裁判所判例と(二)ないし(四)の最高裁判所判例を総合すれば、本件のように確定判決を経た罪と刑法四五条後段の併合罪の関係に立ついわゆる余罪の場合であっても、確定判決により実刑が言い渡されていれば、余罪に執行猶予を付することができないとするのが最高裁判所判例というべきである。

2 高等裁判所判例の違反

前記二1(一)ないし(四)の各最高裁判所判例が、仮に本件において刑事訴訟法四〇五条二号にいう最高裁判所判例に該当しないとしても、本件と同様の確定判決が実刑の事案につき、確定判決を経た罪と刑法四五条後段の併合罪の関係に立ついわゆる余罪に執行猶予を付し得ないことを明確に判示した左記(一)ないし(三)の各高等裁判所の判例に相反し、刑事訴訟法四〇五条三号に該当することは明らかである。

(一) 「同法二五条一項により刑の執行を猶予された罪のいわゆる余罪については再び同条項による執行猶予を言い渡すことが可能であり(最高裁判所昭和三〇年(あ)第九六一号、同三二年二月六日大法廷判決、刑集一一巻二号五〇三頁参照)--この場合においては、右条項の「禁錮以上ノ刑ニ処セラレタ」者の中にはかかる刑の執行を猶予された者を含まないと解することにより、右の取扱いが許されるのである。しかしながら、さきに言い渡された刑が実刑の場合には、その余罪と同時審判をすることにより同法二五条一項による執行猶予を言い渡すことはあり得ないから、余罪につき審判をするについて同条項による執行猶予の言渡を可能ならしめる実質的理由はなく、それゆえ同条項の「禁錮以上ノ刑ニ処セラレタ」者からかかる実刑の言渡を受けた者を除いて再犯者に限るという解釈は採用できない。原判決は立法論としてはともかく、解釈論としては採用することができない。」(東京高等裁判所昭和四八年六月二六日第八刑事部判決、東京高等裁判所判決時報(刑事)二四巻六号一〇五頁)

(二) 「被告人は、昭和五一年五月一三日浦和地方裁判所において道路交通法違反の罪により懲役六月に処せられ(被告人控訴、同年一〇月七日控訴棄却の判決、右裁判は同年一〇月二二日確定)、同五二年五月八日右刑の執行を受け終わったことが認められるから、原判決の宣告日である同年六月一〇日には右刑の執行終了日から未だ五年を経過していないことが明白であり、被告人に対しては、刑法二五条一項により刑の執行を猶予することは許されないというべきである。なお、本件道路交通法違反の罪は、前記確定裁判を経た罪とは刑法四五条後段の併合罪の関係に立ついわゆる余罪であることが認められるけれども、同法二五条一項一号にいう「前ニ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコトナキ者」とは、現に審判すべき犯罪につき、刑の言渡をする時を基準として、それ以前に他の罪につき確定判決により禁錮以上の刑に処せられたことのない者を指すのであって、現に審判すべき犯罪が先になされた確定判決の前に犯されたものであると、後に犯されたものであるとを問わないと解すべきであるから、本件が前記確定判決と刑法四五条後段の併合罪の関係に立ついわゆる余罪であることを理由としても、刑の執行を猶予することは許されないというべきである。(もっとも、同法二五条一項により刑の執行を猶予された罪のいわゆる余罪については、再び同条項による執行猶予を言い渡すことは可能である《最高裁判所昭和三〇年(あ)第九六一号、同三二年二月六日大法廷判決、刑集一一巻二号五〇三頁参照》けれども本件が右にあたらないことは明らかである。)」(東京高等裁判所昭和五二年一〇月一七日第三刑事部判決、東京高等裁判所刑事裁判速報、速報番号二、二五九、二二頁)

(三) 「同法二五条一項により刑の執行を猶予された罪のいわゆる余罪については、それが同時に審理され一括して判断してもなお刑の執行猶予の言渡しが相当とする場合もありうることから、再び同条項により刑の執行猶予を言渡すことができるに過ぎない(同裁判所昭和三二年二月六日大法廷判決・刑集一一巻二号五〇三頁参照)と解すべきであり、本件はさきに言渡された実刑判決の余罪であって右の場合に当たらないことは明らかである」(東京高等裁判所昭和五六年一一月二四日第一二刑事部判決、判例タイムス〔編注:原文ママ 「判例タイムズ」と思われる〕四六六号一八四頁)

三 このように本件においては、原判決の宣告日以前に確定判決により実刑を言い渡されているので刑法二五条一項一号の要件を充たしておらず、かつ、右宣告日が右確定判決による刑の執行終了日から未だ五年を経過していないので同項二号の要件を充たしていないことも明らかであるから、同項により刑の執行を猶予することはできないこととなる。しかるに原審裁判所は、執行猶予を付した判決を言い渡したのであって、同判決には最高裁判所ないし高等裁判所の前記各判例に反して刑法二五条一項を適用したものであり、この違反は、判決に影響を及ぼすことが明らかである。

以上のとおりであるから、刑事訴訟法四〇五条二号ないし三号、四一〇条一項本文により、原判決を破棄の上、相当の裁判を求めるため、本件上告に及んだ次第である。

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